Introduction
AI技術は進化をつづけていますが、その過程でさまざまな仕組みをもつAI技術が生まれました。LSTMもその一つであり、RNN(再帰型ニューラルネットワーク)というモデルを改善するために開発されたものです。
RNNやLSTM、GRU、そして、Transformerなど次々と新しいAI技術が登場していますが、どのような仕組みの違いがあり、どのような場面に適しているのでしょうか?それぞれの技術を正しく理解することで、AIツールをビジネスの現場に活用しやすくなるでしょう。
この記事では、LSTMとは何か、その仕組みや他の技術との違い、LSTMのメリットと注意点、活用事例などについて解説します。
RNN(再帰型ニューラルネットワーク)についてはこちらもご覧ください。
RNNとは? LSTMやGRUとの違い、特徴、活用事例をわかりやすく解説のページへ
目次
LSTMとは

LSTMとは、「長・短期記憶」と訳されますが、どのようなAI技術なのでしょうか?LSTMとは何か、LSTMを開発するもととなったRNNとは何かから解説します。
長いデータでも高い精度で学習できるように、従来のニューラルネットワークを改良したもの
LSTM(Long Short-Term Memory)とは、長い時系列データを効率的に学習できる人工知能の仕組みの一つです。
もともとは「RNN(再帰型ニューラルネットワーク)」というモデルの課題を解決するために開発されました。RNNは、過去の情報を記憶しながら現在のデータを処理する仕組みをもっていますが、時間が経つにつれて過去の情報を忘れてしまう「勾配消失問題」が発生するという弱点がありました。たとえば、「今日の株価は昨日だけでなく、数週間前の市場動向にも影響される」というケースでは、通常のRNNでは過去の情報を保持しきれません。
LSTMではこの問題を克服し、長期間のデータ依存関係をより正確に学習できるようになりました。
LSTMは内部に記憶セル(cell state)と呼ばれる「長期的な記憶装置」を備えており、ここに重要な情報を保持し、不要な情報を忘れるように制御します。その結果、長期間にわたるデータのつながりを維持しながら学習をつづけることができるのです。
この仕組みにより、LSTMは文章生成、翻訳、音声認識、株価予測など、時系列データを扱うさまざまな分野で高い成果をあげています。
RNN(再帰型ニューラルネットワーク)についてはこちらもご覧ください。
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RNN(再帰型ニューラルネットワーク)との違い
RNNは「前の状態の出力を次の入力として利用する」という特徴をもち、データの時間的な流れを考慮できる点で、それまでのニューラルネットワークよりも優れています。しかし、時間が経過するにつれて初期の情報がどんどん薄れてしまい、学習精度が落ちてしまうという問題がありました。
そこで、LSTMは、この問題を「ゲート構造」と呼ばれる仕組みで解決しました。ゲートとは、情報を「覚える」「忘れる」「出力する」といった動きを制御する部分で、人間の記憶のように「取捨選択」を行います。そのため、LSTMは長期的な関係を保ちながら高い精度で予測や判断ができるのです。
ニューラルネットワークについてはこちらもご覧ください。
>>ニューラルネットワークとは?仕組みや種類、活用事例について解説のページへ
GRU(ゲート付き再帰型ユニット)との違い
LSTMに似た構造として「GRU(Gated Recurrent Unit)」があります。GRUもLSTMと同じように、RNNの長期依存の問題を解決するために開発されました。
違いは構造のシンプルさにあります。LSTMは3つのゲート、忘却ゲート、入力ゲート、出力ゲートをもっていますが、GRUはそれらを2つのゲートにまとめているため、計算量が少なく学習が速いという特徴があります。
GRUはシンプルな分、複雑なデータや長期的な依存関係を扱う場合には、LSTMの方が高い精度を出す傾向にあります。ただし研究内容によってはGRUの方が精度が担保されるケースもあるため、用途やデータの性質に応じて、どちらを使うか選ぶことが重要です。
Transformerとの違い
近年では「Transformer」という新しい仕組みが登場し、自然言語処理の分野では主流となりつつあります。
LSTMはRNNと同様に時系列どおりに順番にデータを処理するモデルで、過去の情報を蓄積して時系列の流れを逐次的に学習します。前述のとおり、「ゲート構造」と呼ばれる仕組みでRNNが抱える問題を解決しました。
TransformerもLSTMと同様に、RNNの長期依存問題を解決するために登場した技術です。Transformerは「Attention(注意機構)」を使って入力データ全体を一度に捉え、どの要素が他の要素にどれだけ関係しているかを学習します。これにより、並列処理が可能になり、長い文のなかで離れた位置にある単語同士の関係も効率よく捉えることができます。
つまり、LSTMは「時間の流れを順番に見ていくタイプのAI」、Transformerは「時間の流れを俯瞰して、どこが重要かを一度に見るタイプのAI」といえます。
自然言語処理についてはこちらもご覧ください。
>>自然言語処理(NLP)とは?仕組みやできること、活用事例、課題について解説のページへ
LSTMの基本的な内部構造と仕組み
LSTMは忘却ゲート、入力ゲート、出力ゲートという構造をもち、情報の流れをコントロールしています。
LSTMの内部では、「セル状態(Cell State)」と「隠れ状態(Hidden State)」という2種類の情報が流れています。セル状態は「長期メモリー」、隠れ状態は「短期メモリー」で、この二つの情報をゲートで制御することで、過去のデータと現在のデータをバランスよく学習できる仕組みです。
忘却ゲート(Forget Gate)
忘却ゲートは「何を忘れるか」を決めるゲートで、過去のセル状態のうち「今後の予測に不要な情報」を削除します。たとえば、文章生成で「一昨日の話題はもう関係ない」と判断した場合、その情報を意図的に忘れます。
この仕組みにより、LSTMは不要なノイズや古い情報に引きずられず、より正確な判断を維持できます。
入力ゲート(Input Gate)
入力ゲートでは、「いま新しく入ってきた情報のうち、どれを覚えるか」を選択し、「いまの状況に必要な知識」だけをセル状態に追加します。たとえば、株価予測モデルなら「最新の市場ニュース」や「直近の取引データ」など、将来に影響を与える情報を選んで記憶します。
こうしてLSTMは、新しい情報を取り入れつつ、過去との整合性を保ちながら学習をつづけます。
出力ゲート(Output Gate)
最後に出力ゲートが、現在のセル状態から「どの情報を外に出すか」を決めます。これは、人間が考えを整理して「必要な答えだけを話す」のと同じような仕組みです。出力ゲートによって選ばれた情報は「隠れ状態」として外部に出力され、次のタイムステップの入力にも活用されます。
このように、LSTMは3つのゲートが連携しながら、「過去・現在・未来」の情報を一体的に処理する構造をもっているのです。
LSTMがもたらすメリット

LSTMがもたらすメリットには以下のようなものがあります。
・長期間のデータを扱える強み
LSTMの最大の強みは、長期間にわたるデータのつながりを理解できる点にあります。たとえば、1年間の売上データを分析する際、通常のAIでは数日前の情報しか考慮できませんが、LSTMなら「数ヶ月前の傾向」まで踏まえて予測できます。この特性は、季節変動や長期トレンドを考慮したビジネス判断に非常に有効です。
・ノイズに強く、安定した結果を出せる
LSTMは、不要な情報を「忘却ゲート」で除外するため、データに外れ値や急な変動などのノイズがあっても、全体の傾向を正しくつかむことができます。そのため、経営分析や需要予測など、データが安定していない状況でも高い精度を維持できるのです。
・多様な分野で使える汎用性
LSTMは「時間の流れをもつデータ」であれば、ほとんどの分野に応用できます。たとえば、自然言語処理では翻訳や文章生成、音声認識では文字起こし、金融では株価や為替予測、製造業では機械の故障予知など、活用の幅は非常に広いです。
LSTMの注意点
LSTMを活用する際には、以下の点について注意が必要です。
・学習に時間とコストがかかる
LSTMは複雑な構造をもつため、単純なニューラルネットワークやRNNに比べて学習に時間がかかります。特にデータ量が多い場合や長期の時系列を扱う場合、学習コストが高くなる傾向があります。そのため、LSTMを導入する際は、処理時間や運用コストについて十分に考慮する必要があります。
・過学習のリスク
LSTMは多くのパラメータをもつため、データに過剰に適応してしまう「過学習」が起きやすいという注意点もあります。過学習が起きると、学習データに対しては高精度でも、未知のデータに対しては精度が劣るという問題を引き起こします。このリスクを避けるためには、ドロップアウトなどの過学習を防ぐ手法を併用する、学習データを増やすなどの工夫が必要です。
・解釈や可視化の難しさ
LSTMは内部で多層の計算を行うため、「どの要素がどんな影響を与えたか」を完全に可視化するのは難しいという課題もあります。そのため、AIの結果をビジネスの意思決定に活かす場合は、LSTMだけではなく可視化ツールや分析レポートと組み合わせて運用するとよいでしょう。
過学習についてはこちらもご覧ください。
>>過学習とは?機械学習で起きる原因や対策、解決方法について解説のページへ
ドロップアウトについてはこちらもご覧ください。
>>深層学習における「ドロップアウト」とは?過学習対策の仕組みやメリットなどを解説のページへ
LSTMの主な活用分野・事例
LSTMは、データの「時間的な流れ」を理解できるという特性から、多くの業界で導入が進んでいます。
企業が抱えるデータの多くは、売上、株価、需要、文章や音声など、時間とともに変化する「時系列データ」です。LSTMはこれらを的確に分析し、タスクやデータ、モデル設計などの条件によっては、未来の変化を比較的高い精度で予測できる場合があります。そのため、経営判断や業務効率化に大きく貢献しています。
自然言語処理(翻訳・文章生成)
LSTMは、文章や会話など「言葉の流れ」を理解するのが得意です。文章を一語ずつ学習し「次に来る単語は何か」を予測することで、自然で文脈の通った文章を生成します。
機械翻訳の分野では、かつてLSTMを用いたRNNベースの手法が文章全体の意味を保持しながら翻訳する仕組みを支えてきましたが、近年はTransformerを中心としたモデルが主流になっています。
その一方で、LSTMは時系列の文脈を扱う代表的な手法として現在も研究・応用がつづいており、チャットボットや文章生成などのテキスト処理を理解するうえでも重要な技術です。
音声認識・音楽生成
音声データも時間の流れをもつデータの一つです。LSTMは音声を時系列データとして理解し、発音やイントネーションの変化を解析できます。
たとえば、スマートスピーカーや自動文字起こしツールなどの音声認識の分野でも、高い精度を発揮します。さらに、音楽のメロディやリズムのパターンを学習し、新しい楽曲を自動生成する研究も進められています。
音声認識についてはこちらもご覧ください。
>>音声認識とは?AIを活用する仕組み、導入するメリット・注意点を解説のページへ
金融業
金融分野では、LSTMが「予測モデル」として特に注目されています。
株価や為替レートは、日々変動しながらも一定のパターンをもつことがあり、LSTMは過去のトレンドや出来事を踏まえて将来の値動きを予測する際にも効果を発揮します。また、保険業界や需要予測の分野でも、LSTMを用いた分析により、リスクの早期発見や適切な価格設定が可能になっています。
製造業
製造現場では、機械のセンサーから膨大なデータがリアルタイムで取得されています。LSTMは、これらの時系列データを解析し、異常なパターンや将来的な故障の兆候を検出することも得意としています。
たとえば、「機械が止まる前に修理する」などの予知保全も可能となり、生産ラインの稼働率向上やコスト削減につながります。このように製造業では非常に重要な技術として採用が広がっています。
物流業
物流業界でもLSTMは活用されています。
具体的には、過去の出荷データや交通状況、季節変動などを学習し、「どの時期にどの商品がどれだけ必要になるか」を予測可能です。また、配送ルートの最適化にも活用され、ドライバーの稼働効率向上や燃料コスト削減に貢献しています。特に、需要を予測しにくい通販やEC業界では、LSTMによる精度の高い需要予測が競争力を左右します。
LSTMの今後と最新動向
LSTMは20年以上も前に登場した古い技術ですが、現在も他の技術と組み合わせて活用するなどの方法で活躍しています。ここでは、LSTMの今後や最新動向について解説します。
・他のAI技術との組み合わせによる高精度化
最近のAI研究では、LSTM単体というよりは、他のモデルや手法と組み合わせて活用するケースが増えています。たとえば、LSTMとTransformerの「Attention」を組み合わせることで、重要な情報に焦点を当てた高精度な予測が可能です。
・軽量化とリアルタイム処理の進化
LSTMには処理コストが高いという課題がありましたが、近年では、モデルの軽量化や高速化を実現する研究が行われています。その結果、スマートフォンやIoTデバイスでもリアルタイムに動作するLSTMモデルが登場しています。これにより、工場や店舗など現場レベルでのデータ活用が容易になり、AIの普及が進んでいます。
・LSTMの位置づけと今後の展望
現在では、TransformerやBERTなど新しいモデルの登場により、LSTMは「少し古い技術」と見られることもあります。自然言語処理や音声認識、株価予測などでも、現在はTransformerがほぼ主流です。
しかし、LSTMは軽量で安定性が高く、低リソース環境向けという実用的な利点があります。そのため、クラウド環境だけでなく、現場設置型のエッジAIや中小企業の業務システムにも適した技術として、今後も活躍の場が広がると考えられます。
BERTについてはこちらもご覧ください。
>>BERTとは?Googleの自然言語処理モデルがもつメリット、活用例を解説のページへ
まとめ
LSTMとは、時系列データを扱うために設計された強力なAIモデルです。RNNの弱点を克服し、長期的な情報の関連性を学習できるようにしたことで、翻訳・音声認識・金融予測・製造ラインの異常検知など、多くの分野で活用されています。
また、LSTMはゲート構造によって情報を取捨選択できるため、ノイズに強く安定した予測を実現できます。一方で、学習コストの高さや過学習などの課題もありますが、最新の研究ではこれらを克服する取り組みも進んでいます。今後は、LSTMが他のAIモデルと連携しながら進化をつづけるでしょう。
データを活用してビジネス価値を生み出したい企業にとって、LSTMはいまなお有力な選択肢であり、DX推進の中核を担う技術の一つです。
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監修
林 栄一
組織活性化や人材開発において豊富な経験を持つ専門家として、人材と組織開発のリーダーを務め、その後、生成AIを中心にスキルを再構築し、現在新人研修プログラムや生成AI講座開発を担当している。2008年にスクラムマスター資格を取得し、コミュニティーを通じてアジャイルの普及に貢献。勉強会やカンファレンス、最近では生成AI関連のイベントに多数登壇している。チームワークの価値を重んじ、社会にチームでの喜びを広める使命をもつ。
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