Introduction
システム開発の手法は、最初にプロジェクト全体の計画を立てて一度の開発で完成させるウォーターフォール開発から、短い期間で開発を繰り返すアジャイル開発に移り変わってきています。アジャイル開発はその開発スタイルから、開発期間中でも顧客の要望や仕様変更に柔軟に対応できるというメリットがあります。
このアジャイル開発で、関係者同士が共通認識をもつために使われるのが、インセプションデッキと呼ばれる手法です。
この記事では、インセプションデッキとは何か、その構成要素や活用方法について解説します。
目次
インセプションデッキとは

インセプションデッキとはどのようなものなのか、インセプションデッキが使われるアジャイル開発とは何かからご説明します。
10の質問でプロジェクトの方向を明確にするドキュメント
インセプションデッキとは、アジャイル開発において、開発チームや顧客などの関係者がゴールとその背景を明確にし、共通認識を図るために用意された10の質問のことです。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)技術本部 ソフトウェア・エンジニアリング・センターの『アジャイル型開発におけるプラクティス活用事例調査 調査報告書~ガイド編~』によると、以下のように説明されています。
インセプションデッキ
プロダクトの目的や方向性が曖昧のまま開発を進めている場合は、プロダクトの目的や方向性を明らかにした10の質問に回答しチームで共有する。その結果、チームはプロダクトの目的、ビジョン、方向性を理解して開発が進めやすくなる。
インセプションデッキについてご説明する前に、アジャイル開発について解説します。アジャイル開発とは、要件定義→設計→製造→テスト→納品までのスケジュールをあらかじめ決めて、一度に開発を行う「ウォーターフォール開発」の弱点を克服するために登場した開発手法です。短い期間で、設計→製造→テストを繰り返して開発を進めるため、開発途中に生じた顧客からの要望や仕様変更などに柔軟に対応できます。
このアジャイル開発で、開発をスムーズに進めるために使われるのが、インセプションデッキです。インセプションデッキは、10の質問から構成されています。これらの質問は、顧客などの関係者や開発チームの間で、認識をあわせておくべき重要な項目ばかりです。これらの項目について考えをまとめて共有することで、顧客や関係者、開発チーム内でプロジェクトに対する共通認識をもてます。
なぜインセプションデッキが必要なのか
アジャイル開発では、マネージャーが個々のチームメンバーに指示をするのではなく、それぞれが自律的に作業を進める必要があります。そのよりどころとなるのが、インセプションデッキです。インセプションデッキを活用することで共通の視点をもって開発を進めることが可能です。
開発チームは開発を行うにあたり、何を構築すべきなのか、不要なものは何か、作業の優先順位はどうすべきかなどを正しく認識する必要があります。インセプションデッキを作成すれば明確になり、開発チームと顧客、関係者のゴールを一致させることが可能です。
アジャイル開発についてはこちらもご覧ください。
>>アジャイル開発とは?概要や進め方、ウォーターフォール型開発との違いやスクラムについて解説のページへ
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インセプションデッキを構成する10の質問
インセプションデッキを構成する10の質問について、一つひとつ解説します。プロジェクトが発足してチームが立ち上げられた際、実作業がはじまる前にこれらの質問に回答することで、チームが目指すものは何かを共有できるでしょう。
①我々はなぜここにいるのか
私たちがここにいる理由、顧客とはだれなのか、なぜこのプロジェクトが発足したのかを思い出すための質問です。
・顧客はだれなのか?
・プロジェクトを発足した理由は何か?
・このプロジェクトはなぜ必要なのか?
これらの質問に答えることで、開発チームの存在意義を確認し、顧客に何を届けたいのか、仕事の価値は何なのかを確認でき、開発チームの目標が定まります。
②エレベーターピッチをつくる
エレベーターに乗っている時間は、通常30秒といわれます。「エレベーターピッチをつくる」とは、30秒間で何も知らない人に向けて、以下のようなことを説明する行為です。【】内の内容を考え、30秒以内に以下の文章を用いて、知らない人に説明できるようにしましょう。
【サービス名】は、【利用者】に【どういう価値】をもたらす【サービス種別】です。
【利用者】には【ニーズや課題】があるのを、【機能や仕組み】で解決し、【メリット】をもたらします。
【競合サービス】とは異なり、【差別化できる特徴】があります。
30秒でまとめることにより、短い時間でプロジェクトの価値や本質を伝えられ、頭のなかで考えがまとまりやすくなります。忙しい経営者やスポンサーとエレベーターのなかで偶然あった場合に、プロジェクトの内容を簡潔に説明できるかという体で、文章をつくってみましょう。
③パッケージデザインをつくる
これから開発するプロダクトのパッケージデザインを考え、顧客からの見え方、顧客へのアピールポイントを考えてみてください。デザインだけでなく、プロダクトのロゴ、キャラクター、完成イメージ、広告などを考えることも有効です。
そうすることで、プロダクトのイメージができあがり、チーム内で認識をあわせやすくなります。
④やらないことリストをつくる
やることではなく、やらないことのリストをつくります。やること、やらないこと、あとで決めればよいことを言語化しておくことで、開発スコープ(範囲)や優先順位が決まり、重要なことを優先できるようになります。顧客から開発スコープ外の要望を受けることはよくありますが、ここで顧客と開発スコープについて合意しておくことは非常に重要です。
とくに、アジャイル開発ではさまざまな機能の提案が出てくるため、すべて対応することは困難です。そのため、最初にスコープ外となる「やらないこと」を決めておくことで、要件が発散してしまうのを防ぎましょう。
⑤「ご近所さん」を探せ
ご近所さんとは、開発プロジェクトにかかわる存在のことです。開発メンバーや顧客などの関係者はもちろん、社内の有識者、関連する部署の担当者、社外の人材など、プロジェクトにかかわる存在をリストアップしておきます。そうすることで、事前に交渉しておきたいときや何か困ったことが起きたときにも、すばやく頼れる人にアクセスできるでしょう。
⑥解決案を描く
プロジェクトを遂行する際に必要な技術的な面について、チーム内で話しあいます。たとえば、採用するプログラミング言語は何にするか、どのツールを使うか、ライブラリ構成をどうするかなどです。
⑦夜も眠れなくなるような問題は何だろう?
現状起こっている問題、課題などを洗い出して言語化します。リスクとして考えられることをあらかじめ洗い出し、重要な事項には対処方法や予防方法を検討しておくことで、プロジェクトの成功に向けたリスクマネジメントができます。
⑧期間を見極める
現時点で、開発にどれくらいの時間がかかりそうなのか、いつごろまでにどこまで進捗させられるのかを数値化しておきます。あくまでこれは目標であり、確約ではなく、作業量をイメージするためのものです。状況が変わった場合は、その都度変更します。
⑨何をあきらめるのかをはっきりさせる(トレードオフスライダー)
プロジェクトには、スコープ、予算、納期、品質において、必ず制約が存在します。このプロジェクトにはどのような制約があるのか、これらの4項目について明確にしておきます。あらかじめ制約を具体的にしておき、スコープ、予算、納期、品質のバランスをどのようにとるかを明確にしておくことが重要です。
⑩何がどれだけ必要なのか
プロジェクトに必要なスキル、期間、コストはどれくらいなのかをまとめます。これらのトピックについて、開発チーム内で意見をすりあわせることで、認識のずれを減らします。
インセプションデッキを活かすためのポイント

インセプションデッキを活用して、開発に活かすために気をつけるべきポイントについてまとめました。これからアジャイル開発を開始して、インセプションデッキを作成する場合は、以下のポイントを確認しておくことが重要です。
ステークホルダーを巻き込む
インセプションデッキを作成する際に、開発チーム内の限られたメンバーだけで作成する、顧客や関係者を巻き込まないなどでは意味がありません。インセプションデッキとは、関係者を巻き込んで、プロジェクトの目的や方向性を共有するためのものです。そのため、作成時には、顧客、関係部署の担当者、開発チーム全員など、ステークホルダーを巻き込んで作成しましょう。
日頃から目に入る場所に設置する
インセプションデッキは、プロジェクトの指針とするものであるため、開発中もつねに関係者の目に入る場所に設置します。そうすることで、開発メンバーはつねにプロジェクトの目的や方向性を確認しながら、開発を進められます。
実際の方法としては、印刷してオフィスの壁やホワイトボードなどに貼る、アナログな手段が意外と有効です。チームメンバー全員がアクセスできるフォルダに置いておく、チームミーティングの際に定期的に確認するなどもよい方法です。
プロジェクト開始後も定期的に見直す
インセプションデッキは、一度作成したらずっと使うわけではなく、適宜見直すことが大事です。新たな問題点が生じた、開発スコープが変更になったなどの場合は、適切に修正していきましょう。
チームにあった柔軟な運用を心がける
一度決めたものの、内容を変えた方が開発をスムーズに進められそう、仕様変更が重なって、開発当初から状況が変わったなどのケースもあるかもしれません。そのため、チームにあわせた柔軟な運用を行う必要があります。たとえば、チームメンバーが入れ替わったらその都度確認し、必要に応じて変更するなどの対処が必要です。
まとめ
インセプションデッキとは、アジャイル開発において、開発チームや顧客などの関係者がゴールとその背景を明確にし、共通認識を図るために用意された10の質問のことです。インセプションデッキは、アジャイル開発で作成することにより、関係者のプロジェクトに対する目的や方向性を共有できます。
アジャイル開発とは、短い期間の開発を繰り返すことで、顧客からの要望や仕様変更などに柔軟に対応できる開発手法です。アジャイル開発をスムーズに進めるために、インセプションデッキを作成して関係者同士が認識を共有することは、非常に重要です。
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「品質の高いシステム開発ができる外注先を探している」「新しい開発手法を導入して生産性の向上や顧客満足度の向上につなげたい」「アジャイル開発を導入したいが、社内に対応できるIT人材がおらずノウハウもない」などの悩みを抱えている企業様は多いかもしれません。
アジャイル開発は、比較的新しい開発手法です。短いスパンの開発を繰り返すため、機能変更や機能追加に柔軟に対応できるというメリットがあります。しかし、アジャイル開発をスムーズに進めるためには、この記事でご紹介したインセプションデッキに関する知識なども含めて、豊富な専門知識や経験、ノウハウが必要です。アジャイル開発に関する知識やノウハウがない状態で、アジャイル開発にシフトするのはむずかしいでしょう。
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監修
永井 敏隆
大手IT会社にて、17年間ソフトウェア製品の開発に従事し、ソフトウェアエンジニアリングを深耕。SE支援部門に移り、システム開発の標準化を担当し、IPAのITスペシャリスト委員として活動。また100を超えるお客様の現場の支援を通して、品質向上活動の様々な側面を経験。その後、人材育成に従事し、4年に渡り開発者を技術とマインドの両面から指導。2019年、ヒンシツ大学の講師としてSHIFTに参画。
担当講座
・コンポーネントテスト講座
・テスト自動化実践講座
・DevOpsテスト入門講座
・テスト戦略講座
・設計品質ワークショップ
など多数
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ヒンシツ大学とは、ソフトウェアの品質保証サービスを主力事業とする株式会社SHIFTが展開する教育専門機関です。
SHIFTが事業運営において培ったノウハウを言語化・体系化し、講座として提供しており、品質に対する意識の向上、さらには実践的な方法論の習得など、講座を通して、お客様の品質課題の解決を支援しています。
https://service.shiftinc.jp/softwaretest/hinshitsu-univ/
https://www.hinshitsu-univ.jp/
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