Introduction
プロジェクトが失敗する原因の多くは、不確実な事象そのものではなく、想定できるリスクへの備えや、想定がむずかしいリスクに対応する体制が不十分であることにあります。人材不足、仕様変更、スケジュール遅延、コミュニケーション不全など、プロジェクトにはさまざまな不確実性が存在します。
リスクには、あらかじめ予測しやすく、分析や対策によって影響を抑えやすいものがある一方で、事前の完全な予測がむずかしく、発生後の迅速な対応体制や余力の確保が重要となるものもあります。こうした多様なリスクに備えるためには、事前に洗い出しと評価を行い、予防策や対応方針を整理しておくことが欠かせません。
この記事では、経営層の視点からプロジェクトのリスク管理の基本的な考え方、よくあるリスク要因、具体的な管理プロセス、運用のポイントまでを体系的に解説します。
目次
プロジェクトにおけるリスク管理とは

プロジェクトにおけるリスク管理とは、「問題が起きる前に、起こり得る不確実な出来事を予測し、被害を最小限に抑えるための活動」のことです。
プロジェクトは計画どおりに進むことが理想ですが、現実には人・技術・組織・外部環境などさまざまな要因によって想定外の事態が発生します。リスク管理は、そうした「想定外」をできる限り「想定内」に変える経営的な取り組みです。
近年、リスク管理の重要性はますます高まっています。その背景には、次のような状況があります。
・システムや事業の複雑化
・人材不足や属人化の進行
・市場や顧客ニーズの変化スピードの加速
・外部パートナーとの連携増加
このような背景もあり、プロジェクトは以前よりも不確実性が高くなっています。結果として、納期遅延・予算超過・品質低下などが発生し、いわゆる「炎上プロジェクト」に発展するケースも少なくありません。炎上の多くは、突発的な事故ではなく、事前に兆候があったリスクを見逃したことが原因です。
つまりリスク管理とは、「問題が起きてから対処する」のではなく、経営視点で「失敗の芽」を早期に摘み取る仕組みづくりなのです。プロジェクトの成功確率を高めるだけでなく、企業全体の信頼性や収益性を守る重要なマネジメント活動といえます。
ここではリスク管理について、リスクの定義からリスクマネジメントと危機管理の違い、プロジェクトで扱うリスクの種類までを解説します。
リスクの定義
リスクとは、「将来起こるかもしれない問題」を指します。ポイントは「まだ起きていない」という点です。
ここで混同されやすいのが「問題(Issue)」との違いです。
| 状態 | 例 | |
| リスク |
まだ起きていないが、起きる可能性がある |
プロジェクトのキーマンが退職するかもしれない |
| 問題(Issue) |
すでに起きている |
プロジェクトのキーマンが退職してしまった |
リスク管理とは、問題(Issue)が発生する前の段階で手を打つ活動です。つまり、「事故処理」ではなく「事故予防」に近い考え方といえます。
リスク管理と危機管理(クライシスマネジメント)の違い
リスク管理と似た言葉に「危機管理(クライシスマネジメント)」がありますが、両者の違いは対象や目的にあります。
リスクには、あらかじめ予測しやすく、事前の分析や対策によって影響を抑えやすいものがある一方で、発生を完全には予測しにくく、発生後の迅速な対応が重要となるものもあります。こうした違いを整理すると、リスク管理は主に「問題が起こる前の備え」、危機管理は「重大な問題が発生した後の対応」と位置づけられます。
リスク管理と危機管理の違いについて、以下の表にまとめました。
| リスク管理 | 危機管理 | |
| 対象 |
起こる前の不確実な出来事 |
すでに発生した重大な問題 |
| 目的 |
発生確率や影響を小さくする |
被害拡大を防ぎ、早期復旧する |
| 主な対応 |
予測できるリスクを洗い出し、 |
予測がむずかしかった事象も含め、 |
| 例 |
仕様変更が多発しないように |
重大障害発生後に緊急対応を行う |
リスク管理は「予防・事前対応」、危機管理は「事後対応・復旧対応」です。プロジェクト成功の観点では、危機対応力と同時に、危機を未然に防ぐ力も非常に重要です。経営層がリスク管理を重視すべき理由はここにあります。
プロジェクトで扱うリスクの種類
プロジェクトのリスクは一種類ではありません。性質の異なるリスクを理解しておくことが、適切な対策につながります。
ここでは、プロジェクトで扱うリスクの種類について詳しく解説します。
個別リスク・全体リスク
個別リスクとは、特定のタスクや作業にひもづく問題のリスクです。
例:特定エンジニアの不在、特定機能の技術難易度など
一方、全体リスクはプロジェクト全体に影響する問題のリスクです。
例:予算削減、経営方針の変更、大規模な人員異動など
個別リスクの積み重ねが、やがて全体リスクへ発展することもあります。経営層は全体リスクの兆候に特に注意が必要です。
事象リスク・非事象リスク
リスクには「事象リスク」と「非事象リスク」があり、さらに非事象リスクは「変動リスク」と「曖昧さリスク」にわけられます。それぞれの違いと例は以下のとおりです。
| 種類 | 内容 | 種類 | 内容 | 例 |
| 事象リスク |
将来起こるかどうかが |
― |
― |
・顧客からの仕様変更要求が起こる |
| 非事象リスク |
確実に起こるが、結果が |
変動リスク |
計画の不確実性に |
・想定よりも発注数が多い |
|
曖昧さリスク |
知識や理解不足 |
・有識者が不足したまま開発を進めたところ、 |
リスクを分析する際には、このようにリスクを分類して正しく認識することが重要です。
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プロジェクトでよくあるリスク要因
プロジェクトの失敗は、突発的な事故よりも、よくある共通パターンのリスクが積み重なって起こるケースがほとんどです。つまり「珍しい問題」よりも「よくある問題」をどれだけはやく適切に把握し、手当てできるかが成功のわかれ道になります。
経営層にとって重要なのは、「現場で起きがちな問題の傾向」を理解し、組織として予防できる体制を整えることです。ここでは、特に発生頻度が高く、影響の大きい代表的なリスク要因を分類して解説します。
人的リソースに関するリスク
プロジェクトの成否は「人」に大きく依存します。そのため人的問題に紐づくリスクは多岐にわたり、影響も深刻です。
代表例は次のとおりです。
・スキル不足:担当者の技術や経験が業務難易度に見合っていない
・属人化:特定の人しか内容を把握していない
・キーマンの離脱:中心人物の退職・異動・長期不在
・モチベーション低下:長時間労働、評価不満、目的不明確など
これらは技術の問題ではなく、組織マネジメントの問題です。特に属人化は表面化しにくく、問題発生時にはじめて深刻さが露呈します。経営層の支援により、要員計画や育成体制を整えることが予防策になります。
技術・品質に関するリスク
ITや製造・開発系プロジェクトでは、技術選定や品質確保に関する問題のリスクが複数潜んでいます。
・新技術・未検証技術を採用する:想定以上に時間やコストがかかる
・設計ミス:初期の判断誤りが後工程で大きな手戻りになる
・テスト不足:リリース後の障害増加
・要件のあいまいさ:開発すべきものが明確になっていない、途中で変わる
技術リスクは「現場の問題」に見えますが、背景には「短納期の無理な要求」や「検証期間の不足」など、経営判断が影響している場合もあります。品質確保に必要な時間とコストを認めることも、リスク管理の一部です。
コスト・スケジュールに関するリスク
プロジェクト炎上の代表的な要因となるのが、予算と納期の崩れです。
・見積もりの甘さ:楽観的すぎる計画により起こりがち
・仕様変更の多発:途中で方針が変わる
・作業遅延:前工程の遅れが連鎖する
・隠れた作業の見落とし:移行作業、調整作業などを見落としがち
スケジュール遅延単体で問題が起こるとは限らず、スケジュールの遅れにともなって品質低下やコスト超過などの問題を引き起こします。経営層が納期だけを重視すると、現場はリスクを報告しにくくなり、問題が潜在化します。そのため、社内に「早期の遅延報告を評価する文化」をつくっていくことが重要です。
組織・コミュニケーションに関するリスク
大規模プロジェクトほど、以下のような組織・コミュニケーションに関するリスクを抱えます。
・役割や責任の不明確さ
・情報共有不足
・意思決定の遅れ
・部門間の対立や温度差
技術問題よりも、実はこうした「人と組織の問題」が失敗の主因になるケースが多く見られます。組織間の連携がプロジェクトの成否を左右するため、経営層が意思決定のボトルネックを解消し、全体最適の視点を示すことが重要です。
外部要因に関するリスク
プロジェクトは社内だけで完結するとは限らず、社外の関係者や外部環境の影響も受けます。外部要因に関するリスクは、比較的予測しやすく対応計画を立てやすいものと、予測がむずかしく変化への即応力が求められるものにわけて考えることが重要です。
まず、ベンダーとの連携遅延や品質問題、顧客都合による仕様変更などは、事前に想定しやすいリスクです。これらについては、契約条件の明確化、役割分担の整理、定期的な進捗確認、変更管理ルールの整備などによって影響を抑えやすくなります。
一方で法規制の変更や市場環境の変化は、事前に完全に予測することがむずかしいリスクです。このようなリスクに対しては、最新情報を継続的に把握できる体制を整えるとともに、計画の見直しや迅速な意思決定ができるよう、余力を持った運営を行うことが重要です。
特に外部パートナーへの依存度が高いプロジェクトや、事業環境の変化を受けやすいプロジェクトほど、外部要因を性質ごとにわけて管理することが求められます。
プロジェクトのリスク管理プロセス全体像

リスク管理は「一度やって終わり」の作業ではありません。プロジェクトの進行とともに状況は変化し、新しいリスクが生まれ、既存リスクの影響度も変わります。そのため、リスク管理は継続的に回しつづけるマネジメントサイクルです。
経営層が理解しておくべきポイントは、リスク管理は現場任せのチェックリストではなく、組織的に運用する仕組みだということです。
ここでは代表的な6つのステップで全体像を整理します。
STEP1:リスクの洗い出し・特定
最初のステップは、「何が起こり得るか」をできるだけ多く洗い出すことです。リスクは見つけなければ管理できません。
リスクを洗い出し、特定するための主な方法は次のとおりです。
・過去プロジェクトの振り返り
・チームメンバーへのヒアリング
・類似事例の確認
・専門家の意見収集
重要なのは、「あり得るかもしれない」段階でも記録することです。この段階では、正確性より網羅性を重視するため、できるだけ多く洗い出す必要があります。
STEP2:リスクの分析・優先度決定
洗い出したリスクをすべて同じ重さで扱うことはできません。そこで評価を行い、優先度を決定します。一般的には、「発生確率×影響度」で評価します。
・発生確率が高い
・発生時の損害が大きい
この両方を満たす問題に紐づくリスクが最優先です。経営層が関与すべきなのは、特に影響度が大きいリスクの判断です。
STEP3:対応策の立案
リスクには主に4つの対応方針があります。このとき重要なのは、その対応を「誰が・いつ・何をするか」を明確にすることです。
| 対応方針 | 対応内容 | 例 |
| 回避 |
リスク要因そのものをなくし、問題が発生しないようにする |
技術変更を見送る |
| 低滅 |
発生確率や影響を可能な限り下げる |
レビューを強化する |
| 移転 |
他者に分担する、移す |
保険に入る 外注を活用する |
| 受容 |
許容し備える |
予備費の確保 |
STEP4:対応策の実行
対応策を計画しただけでは意味がありません。対応策をプロジェクト計画に確実に組み込むことが重要です。
・タスクとして登録する
・スケジュールに反映する
・担当者を割り当てる
リスク対策も通常業務と同じく「実行管理」する必要があります。
STEP5:監視・モニタリング
リスクは時間とともに変化するため、定期的に状況を確認します。
・発生確率は変わっていないか
・新しいリスクは出ていないか
・対策は機能しているか
上記のような観点で継続的に監視・モニタリングを行う必要があります。
STEP6:改善と更新
最後は振り返りです。
・対策は有効だったか
・見逃したリスクはなかったか
・手順自体に問題はなかったか
このような改善作業により、次のプロジェクトの成功確率が高まります。
リスク管理とは、ここでご説明した6ステップを回しつづけることです。単なる資料作成や一度きりの対策で終わることではなく、プロジェクト運営そのものといえるでしょう。
プロジェクト用リスク管理表(ツール)の運用方法
リスク管理を形だけの活動で終わらせないためには、「リスクの見える化」と「リスク管理の継続運用」が欠かせません。そのために活用されるのが、プロジェクト用リスク管理表(または管理ツール)です。
これは単なる一覧表ではなく、「リスクの状況を組織で共有し、判断につなげるための経営管理ツール」です。Excel、プロジェクト管理ツール、専用システムなど形式はさまざまですが、重要なのは「何を記録し、どう使うか」です。
ここでは、プロジェクト用リスク管理表を運用するうえで重要なポイントについて解説します。
会社・プロジェクトに合ったリスク管理支援ツールを選ぶ
ツール選定で重要なのは、高機能かどうかではなく「自社の性質や運用方法にあっているか」です。次の観点が重要なポイントになります。
・タスクとリスクを紐づけて管理できるか
どの作業にどんなリスクがあるかを的確に把握できる
・進捗とリスクを同時に可視化できるか
遅延の兆候とリスクの関係をわかりやすく確認できる
・チーム全体で共有できるか
プロジェクトマネージャーだけの管理にせず、チーム全体で共有できる仕組みが重要
ツールは高度でも、適切に使われなければ意味がありません。現場が使いやすいことが最優先です。
リスク管理をするうえで入れるべき項目
リスク管理表には最低限、次のような項目が必要です。
このような情報が網羅されたリスク管理表があれば、「誰が何を管理しているか」が明確になります。優先度の高いリスクが放置されていないかを一目で確認できることが重要です。
| 項目 | 内容 |
| リスクと問題内容 | 何が起きる可能性があるか |
| 発生確率 | どの程度起きそうか |
| 影響度 | 起きた場合の影響や損害の大きさ |
| 優先度 | 対応の緊急性 |
| 対応策 | 具体的な予防・軽減策 |
| 担当者 | 実行責任者 |
| ステータス | 対応中・完了など |
プロジェクト用リスク管理表(ツール)運用上の注意点
ツールがあっても、運用が伴わなければ機能しません。運用上の重要なポイントは次の3つです。
・定期的に更新し会議で必ず確認する
「記録だけして見ない」という失敗が起こりがちなため、定期的に更新し会議で共有する機会を設けることが重要です。
・属人化を防ぐ
プロジェクトマネージャーや有識者だけが把握するのではなく、チーム全体で共有できる仕組みにします。
・早期報告が評価される雰囲気をつくる
「問題を報告すると怒られる」、「報告した人に問題を押し付けられる」という環境では、リスクは隠れてしまいます。
リスク管理はツールの問題ではなく、組織文化の問題でもあります。経営層の姿勢が運用の質を左右します。そしてリスク管理表は「管理のための資料」ではなく、意思決定のための情報基盤です。活用されてこそ価値があるため、有効に活用されるような仕組みにしなければなりません。
まとめ
プロジェクトのリスク管理とは、単なる問題の対策ではなく、企業の失敗確率を下げ、成功確率を高めるための経営活動です。
この記事で解説したとおり、プロジェクトには人的要因、技術、スケジュール、組織、外部環境など、さまざまな不確実性が存在します。これらは特別な出来事ではなく、どの企業でも起こり得る「よくあるリスク」です。プロジェクトの失敗の原因の多くは、予測できなかったことではなく、予測できたリスクに備えていなかったことなのです。
リスク管理の本質は、「問題が起きてから対応する」ことではありません。
・起こり得る問題のリスクを事前に洗い出す
・影響の大きい問題のリスクから優先的に対策する
・実行し、継続的に見直す
このサイクルを回しつづけることにあります。つまりリスク管理とは、単に一度リスクを記載した資料をつくることではなく、プロジェクト運営そのものなのです。
また、リスク管理は現場だけの責任ではありません。
・無理なスケジュールを求めない
・早期のリスク報告を評価する
・部門間の調整を支援する
といった経営層の姿勢が、問題の顕在化を防ぎます。逆に、報告しづらい環境ではリスクが水面下に潜り、やがて大きな問題となって表面化します。プロジェクトの成否は偶然ではなく、マネジメントの結果です。リスク管理を組織文化として定着させることが、安定した事業運営と企業信頼の向上につながります。「問題を減らす」のではなく「失敗しにくい組織をつくる」ことが、プロジェクトにおけるリスク管理の最終的な目的といえるでしょう。
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監修
株式会社SHIFT
「ヒンシツ大学」クオリティ エヴァンジェリスト
永井 敏隆
大手IT会社にて、17年間ソフトウェア製品の開発に従事し、ソフトウェアエンジニアリングを深耕。SE支援部門に移り、システム開発の標準化を担当し、IPAのITスペシャリスト委員として活動。また100を超えるお客様の現場の支援を通して、品質向上活動の様々な側面を経験。その後、人材育成に従事し、4年に渡り開発者を技術とマインドの両面から指導。2019年、ヒンシツ大学の講師としてSHIFTに参画。
担当講座
・コンポーネントテスト講座
・テスト自動化実践講座
・DevOpsテスト入門講座
・テスト戦略講座
・設計品質ワークショップ
など多数
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ヒンシツ大学とは、ソフトウェアの品質保証サービスを主力事業とする株式会社SHIFTが展開する教育専門機関です。
SHIFTが事業運営において培ったノウハウを言語化・体系化し、講座として提供しており、品質に対する意識の向上、さらには実践的な方法論の習得など、講座を通して、お客様の品質課題の解決を支援しています。
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