Introduction
製品戦略といっても、製品やサービスそのものだけでなく、ビジネスモデルや広告宣伝、営業など考えるべきことはさまざまです。本コラムでは、企画の段階におけるUX開発の出発であり、Web・アプリやシステム開発者が理解していると勘違いしやすい「顧客の課題」をテーマに取り上げます。まずは、皆さんにも身近な例からお話しましょう。
目次
競合と差別化できていない、という現実
「うちの製品は競合と何が違のか、よくわかりませんでした。」
その業界では最大の会員数を誇るソフトウェア企業の開発担当の方から、こんな悩みを伺いました。これまで、地道に改善をつづけてきたそうですが、ある時、客観的な意見も参考にしようと比較サイトをチェックしたところ、自社製品が競合と大差ないことに気づき驚いたそうです。
みなさんも、比較サイトを参考にして製品を選んだ経験はあると思いますが、80点と70点の差、○と△の差が明確にわかりましたか。つまり、戦略的に開発したと思っている製品でも、顧客の目線で見たら大差がない、ということです。私自身も先日、プロジェクト管理ツールの比較サイトを見たのですが、なんとそのタイトルは「28個のサービスを徹底比較!」。同じような28個の製品が並び、結局どうしようかと顧客の困っている顔が思い浮かんでしまいます。
競合分析の方法にご注意
このように書くと、「もっと差別化を強化しなければならない」と感じる方が多いと思います。もしかしたら、その逆で「うちの製品は、徹底的に差別化を図っているから大丈夫」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、その両方の考え方に、実は製品戦略の立案時や開発の現場で見落とされがちな盲点が潜んでいるのです。それは、業界内の動向が激しく移り変わるなか、御社の競合も当然のように調査や分析を詳しく行っている、という当たり前のことです。
各社がすでに発売している製品は、程度の差はあれ、顧客の課題を解決するものに仕上がっています。ですから、競合との差別化を意識しすぎると、むしろ顧客のニーズから離れてしまうことになりかねないのです。だからといって、私は競合分析を否定しているわけではありません。むしろ強化した方がよいと思っています。ただし、その際は競合との差別化ではなく、競合が顧客ニーズをどのように捉えて、機能にどのように反映しているかを把握する分析に注力してほしいといいたいのです。
足りないのは、顧客の課題を追求する深さ
顧客ニーズの話が出ましたが、競合分析と同様に、間違って取り組みやすいのが、顧客ニーズ分析です。そもそも、ニーズとは何でしょうか。ひとことでいうと、顧客が解決したいことです。ということは、ニーズの前に何らか課題が発生しているということです。つまり、顧客ニーズ分析で大事なことは、解決したい課題(または問題)そのものを発見することです。
why(なぜ~なの?)を繰り返してニーズを探りましょうとよくいいますよね。その理由は、まさにこの真の課題を発見したいからです。ここをはじめに押さえないと、闇雲に進めるだけの分析になってしまいます。もちろん、顧客ニーズ分析もすでに多くの競合企業で行っていますが、足りていないのは、顧客が解決したい課題を追求する深さです。コラムの冒頭で、顧客課題はUX開発を考える出発点であると書きましたが、顧客は課題を解決したいから行動する、御社の製品を利用するのです。ですから、顧客の真の課題が明確でない限り、その後に続くUX開発が上手くいくわけがありません。
とはいえ、具体的にどのように追求すればよいかのイメージがつかないと思います。そこで、次の章では、私が実際に関わったプロジェクトの中から、利用者に喜んでもらえた2つの改善事例をご紹介したいと思います。ぜひ、どう取り組んだから成果が出たのか、共通する理由を考えながら読んでみてください。
利用者に喜んでもらえた2つの改善事例
事例①[B2C]:行動の記録系アプリ
イメージしていただきたいのは、個人の健康習慣を記録するようなアプリです。開発者の悩みは、習慣化できないという利用者の課題を解決するために、利用者同士で励まし合えるようなコミュニティ機能を搭載したのですが、それが盛り上がらないことでした。
そこで私は、ターゲット顧客に直接話を伺いました。すると、習慣化できないという課題はもちろん出てきましたが、日常生活のなかで家族と一緒に楽しむ機会が少ないという課題も発見しました。そこで、製品のコンセプトを、「仲間と励まし合える習慣化アプリ」から、「家族と一緒に楽しめる習慣化アプリ」へと再定義し、目標や達成度合いを楽しく視覚化して共有できる機能などの改善などを行った結果、利用者の評価が非常に高まりました。
事例②[B2B]:未来のシミュレーション機能
イメージしていただきたいのは、営業が顧客の前でノートPCを広げて試算するライフシミュレーションのような機能です。開発者の悩みは、年金額や転職などの条件を設定する機能を競合以上に細かくしたにも関わらず、営業の評価が芳しくないことでした。
そこで私は、営業に直接話を伺いました。すると、シミュレーション結果が多少わかりにくくても問題ない。そこを丁寧に説明することこそ営業の付加価値。だから、結果の精度を上げてもらってはむしろ困る。欲しいのは、その場で契約・クロージングできる機能でした。そこで、「顧客の希望に合わせて試算するシミュレーション機能」から、「円滑にクロージングを促すためのシミュレーション機能」へと再定義し、契約までのスケジュールを表示できるようにする機能などを付けて改善を行った結果、売上にも大きく貢献することができました。
UX開発において大事なこと
なぜ、2つの事例は成果が出たのか。現場の開発者の悩みを解決するために共通して実施したこと。それは、①顧客である利用者に直接話を伺い、掘り下げることで、深いところにある顧客の課題を発見したことです。そして、②それをもとに製品のコンセプトを再定義し、③具体的な機能に落とし込んだことです。先ほどは、出発点である顧客の課題を発見することが大事とお伝えしましたが、UX開発においては、この流れをひと通り押さえることが大事なのです。
ただし、実際に取り組もうとすると、事例のようにスムーズには進みません。なぜだかわかりますか。アプリやシステム開発は、さまざまな機能が搭載できるのでもっと複雑だからです。もし、飲料の商品開発だったら、喉を潤したいという課題に加えて、爽快感を味わいたいという課題もあるなら、提供する機能は炭酸やアルコール。サブ機能もゼロカロリーや脂肪の吸収を抑えるといったようにシンプルです。ですが、アプリやシステム開発はそうはいかないのです。実際には、数多くの仮説検証を行っています。
顧客の課題を追求するには、デプスインタビューが最適
繰り返しますが、顧客の真の課題が明確でない限り、その後のUX開発はうまくいきません。そこで重要になるのが、顧客の課題を追求するために直接話を伺うデプスインタビューです。実際には、インタビュアーと対象者、1:1の形式で60~90分ほど実施します。
先ほど、競合分析や顧客ニーズ分析を行っている企業は多いとお伝えしましたが、最近では、デプスインタビューを行っている企業もB2Cだけでなく、B2Bでも増えています。ですが、そのことで新たな悩みも発生しています。それは、顧客の課題をどのように掘り下げればよいのか、顧客の発言をどのように整理して分析すればよいのか、といった悩みです。コラムの後編では、これらを解決するヒントとして、デプスインタビューの具体的な進め方ついてご説明したいと思います。